たびたびブログ ~夫婦ふたりで世界一周~

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カテゴリ:カテゴライズ出来ない何か( 13 )


2013年 03月 24日

僕らが旅に出た理由。

我々夫婦の世界一周もグランドフィナーレ間近です。JAPANが近い!


今は、ロサンゼルスです。
こちらの時間で12時間半後の3月24日16時のフライトで日本に向かいます。
日本時間の3月25日の夜、成田に到着する予定です。





もう終わるんだね、、、早いな~ってのが素直な気持ちです。


正直、、、帰りたくね~ってやつです。今日とかめちゃくちゃオモロかったしね。


でもボチボチ滑りたいし、登りたいし、って気持ちもあります。仕事もしたいです。









ブログもリアルタイムにしっかり追いついてるので、
今回はこんなことを書きます。前々から帰国直前に書きたいと思ってたのね、こういうのは。









僕らが旅に出た理由




タイトルにしておいてなんですが、

「これ!って感じな明確なものは無いね」

ってのが正直なところ。ドラマチックなエピソードは全然ありません。





いつか必ず死ぬんだっていう至極当たり前のネガティブをポジティブに思考した結果、

シンプルにやりたいことをやっただけ。。それだけなんです。

目の前に可能性が広がっていて、それを無視することが出来なかっただけなんです。











だいたいそんなに凄いことしてる感も無いんですよね、実際。
それはたぶん、かれこれ5年以上の計画で、決して勢いだけで出て来た訳では無いし、
やるって決めてしまえば、むしろそれさえ出来れば、誰にだって出来ることだからだと思う。



そんな『それさえ出来れば』を可能にしてくれたのが、ふたりの職業です。
我々夫婦は共に理学療法士の資格を有しております。
普通に働いていたら決してお金持ちにはなれない職業ですが、有り難いことに、
このご時世、再就職にはさほど困らない職業です。これが僕達にとっての唯一の可能性ってやつでした。











確か出発の一年ぐらい前、順調にお金も貯まっていた時期に一度だけ迷ったことがありました。

「これだけのお金があれば、あれも、これも、、、もしかしたら家も、、、」

なんて思考が湧いて来てしまいました。

しかし、とある友人のさりげないがそれでいて強烈な一言で決心がついて、

それ以降は、そうなるもんなんだって、予め敷かれたレールを辿るかのように進んでまいりました。

でも3.11による葛藤は大きかったです。
それでも進みました。それが前進なのか後退なのかはまだわかりませんが。。















旅に出る前、


「凄いね~、言うのとやるのでは大違いだよ」


「さすがだね、らしいよ」


「羨ましいよ〜」




「へぇ~、人生捨てちゃったね」


「完全に世捨て人だね」



そんな風に、ポジティブなこともネガティブなことも言われました。

しかし、どの言葉にもそれほどこれといった感情は抱きませんでした。

というのは、たぶん、ふたりで決めて、ふたりですることだから。

他人がどう思うかなんて正直どうでもいいことでした。















この旅をぼんやり考え始めたのは結婚前でした。。

きっかけは高橋歩さんでした。夫婦ふたりでって思えたのはあの方の著書の影響が強いです。
でもきっかけに過ぎなかった。ちょっと調べれば沢山の方が同じようなことをしていました。


ちなみに、友人の粋な計らいで、
結婚した時に高橋歩さんからの直筆メッセージ付きのポストカードを頂きました。
リョウチンありがとう!そして、高橋歩さん、どうもありがとうございます。

















この旅に出るまで、バックパッカーなんてしたことありませんでした。
だから知らないことだらけ、わからないことだらけでした。英語も喋れるわけではありません。
でも、むしろその方が良かったと今でも思います。



ただ、それでもどうにかなるだろうっていうか、どうにでもなるだろうっていうか、、、



とにかく不安なんて全然無かった。

そしていざ蓋を開けると、確かにどうにかなった。

本気で困ったこと、超絶に大変だったことなんて全然無かった。



まぁ、その辺りの旅のまとめ的なものはその内に書くと思います。


















とりあえず、今回はもう一度、僕らが旅に出た理由です。





一番大切な愛する人が望むのなら・・・ってのも少しだけありました。でもそれは少しです。
もちろん僕自身が望んだことでもあるから。


でも夫婦ふたりで何か凄いことをしてみたかった、、そんなんではありません。




さすらいのバックパッカー、それに憧れを持ったわけでもないし、
いわゆる世捨て人になりたかったわけでもないです。




たまに聞く、「自分探し」、「自分を見つめ直す」、
そんなことはこれまでに散々やって来たし、これからも永遠と続くでしょう。
それこそそんなものはどこでだって出来ると思うんです。
まぁ、世界には人生観がひっくり返ってしまうような刺激が日本よりも多いと思うのも確かですが。





そして多くの旅人がこだわる「世界一周」、それをしたいわけでは決してありませんでした。

今でもお金と時間があるなら太平洋を渡らずに、大西洋を戻って旅を続けたい気分です。












ただ、色々と行きたい所があるから、なんなら一周にしますか!って感じ。




その色々行きたい所も仕事をしながら休みを使って行ける所ならそれで良かった。

むしろ今でも思いますが、その方が絶対にいい。

でもなかなかどうして難しいですよね、日本の雇用形態では。欧米の雇用形態に憧れますよ。






だから辞めるしかなかった。決して辞めたい訳では無かった。
理学療法士としての仕事は大好きだし、勤めていた職場も最高だった。








でも一度しか無い人生、どうせ死ぬっていうか、どうあがいてもいつか確実に終わる人生、
好きなようにとまではいかないまでも、可能な限り自分達が気の済むようにしたかった。







それが目の前の仕事とその時にあった日常で達成されていれば、旅には出てなかったと思う。

確かにすこぶる充実した毎日だった。最高だった。




でもちょっとだけ、ほんのちょっとだけ足りなかったのかも。

だからこの旅はそのほんのちょっとを埋めるための旅でもありました。














地球はデカいって言うなら、そのデカさを身を持って知りたかったのかも。
世界はヒロいって言うなら、そのヒロさをこの目で見たかったのかも。

この世は素晴らしいって言うのなら、それを思う存分味わいたかったのかも。
この世は知らないことだらけって言うのなら、少しでもそれを知りたかったのかも。

迷わず行けよ行けばわかるさって言うなら、行ってみようかって感じだったのかも。











とにかく、ただ単に、、、




自分達で自分達を満足させたかったのかも。




これが一番しっくりきますね。








旅に出る前もそうやって生きてきたつもり。そしてこれからもそうすると思う。

だから旅前だってそんなにムキになって貯金してた訳じゃない。
全てを犠牲にして世界一周に賭けるって感じでは決して無かったです。

フジロックは毎年行ってたし、gentem stickだって買ってたし、
クライミングシューズも気になるものは買ってた。そういった面では金遣いは荒い方だったと思う。

そんなに贅沢な暮らしはしてないと思うけど、何不自由なく気持ち良く生活してた。
仲間にだって恵まれた。最高だった。不満なんてこれっぽっちも無かった。微塵もなかった。







そんな充実した日々の暮らしの延長にこの旅がありました。




だから決して人生を一度リセットするような形では無く、

結婚してこれまでの、『ふたりとしての人生』、その地続きで旅をしたかった。



そして実際に、そのように思う存分、愉しむことが出来ました。

誰に伝えるべき言葉かよくわかりませんが、ありがとうって感じです。




とにかく、最高でしたね。その最高具合は近い内に綴ります。




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以上、帰国直前に振り返るこの旅のモチベーションでした。




わけあって、書き上げるのに時間がかかってしまい、
結局は同じようなことの繰り返しになっているとっちらかった文章で申し訳ございません。


最後までお付き合い頂き、誠に有り難うございます。





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by sgyksgyk | 2013-03-24 19:27 | カテゴライズ出来ない何か
2013年 03月 11日

あれから2年、今だから書けること。


2011年3月11日14時46分。

僕はそのとき職場のトイレにいた。
午後の診察が始まる前で、患者さんもそれほど多く無く、
大きなパニックにならずに済んでとりあえずほっとしたのを覚えてる。


でもその後に飛び込んできた報道で唖然とした。とんでもないことになってる。


翌日は休診、不謹慎かもしれないが、
これが俺達なりのやり方ってことで、麻雀して清算で卓上に上がったお金は全て義援金にした。


その翌日には、不要になったがまだまだ使えるテントと寝袋、マットなど、
被災地で必要と思われるものを、スノーピークというアウトドアブランド経由で被災地に送った。
どこかで少しでも役に立ったのならいいのだが。


自分が主催してる勉強会が終了するタイミングもこの頃だったので、
参加費ってことでお金を集めて、仙台に行ってきますという後輩に全額預けた。


宇都宮でも鬼怒川より東では住宅の被害もあり、
そこに家を買ったばかりという同僚の引っ越しを手伝ったこともあった。


今思えばポーズだったかもしれない計画停電も前向きに受け入れ、節電は徹底していた。




僕が震災に対して直接的に関われたのはそれぐらいだ。








もっと何か出来たんじゃないか、何かすべきだったんじゃないか。



そんな己への疑問はアジアを旅してる間、ずっと付きまとっていた。











この未曾有の事態が起きたとき、すでに我々の旅の予定はがっちり決まっていた。
もっと言えば、5年も前から計画していた事だ。

しかし、自分は仕事を辞める、タイミングはいい、時間はある、被災地に赴く事が出来る。




何かできるんじゃないか・・・いや間違い無く出来るはずだ。


でも行けなかった、、、航空券の買い直しは出来なかった。。。


つまりは行かなかったのだ。


言い訳は色々ある。でもそれは後付けの自分に都合のいいものばかりだ。





1ヶ月、3ヶ月、あるいは半年か1年。
それだけの期間ボランティアをしてそれで気が済んで出発、それも何か違う気がした。


でもかなりの葛藤を抱きながら出発することになった。


そしてその葛藤は一時帰国してニセコに行った後まで続いていた。


だからニセコから戻って来て、大先輩の理学療法士に、
「東北で仕事があるかもしれないから再出発は待ってくれないか?」
って声を掛けて頂いた時にはふたつ返事が出来た。そんな機会があるならいくらでも待とうと思えた。

自分が持つ資格で被災地にいくらばかりか貢献出来る。
しかもそれは継続可能なビジネスだ。一時で終わってしまうボランティアでは無い。






でも結局その話は流れてしまった。



その時、

「今じゃ無かっただけだよ、いつかあるよそういう時が、その時は逃がさないでね。」

という、自身は旅立ち前にがっちりボランティアしてきた旅人津森さんに掛けられた言葉を思い出した。




その言葉に救われた。だから2回目の旅立ちの時には吹っ切れてた。
今まで以上に楽しんでやろうって思えた。今しか出来ない何かをしてやろうと心底思えた。
タイミングが合えばまた機会があるだろう。その時は逃がさないようにしたい。







被災された皆さんには心からお見舞い申し上げますとともに、
被災地のパワフルな復興を願いたいと思います。

それと同時に、あの忌まわしい天災の後に、
とんでもない人災を引き起こした連中がいるってことも決して忘れないでいたいと思います。



こんな自分達ですが、何か必要とされることがあるのなら声かけて下さい、お願いします。



喪に服すってほどでもないですが、3月11日の更新はこれだけにしたいと思います。

by sgyksgyk | 2013-03-11 01:06 | カテゴライズ出来ない何か
2013年 03月 05日

61歳のバックパッカーデビュー!!!




ハセガワカズマサ、身長158cm、年齢61歳。



特に大きなトラブルも無く、沢山の貴重な思い出と、沢山のお土産を抱え、
2013年2月18日の深夜のフライトで日本に飛び立ち、LAでの乗り換えもこなし、
27時間後にはOPPAMAに無事に辿り着いたようです。



一見不可能に思えたこのプロジェクトは1月3日に動き始め、
1月5日にはサンチアゴINリマOUTのチケットを手配、その後度重なるFaceTime交信を経て、
必要なものと心構えを指示し、1月22日にはチリのサンチアゴに来てました。


自分で言うのもなんですが、息子である僕の献身的な協力が無ければ、
このプロジェクトは始まってもいなかったと思います。


でも無事に成功したのは、親父自身が心底本気だったからなのかもしれません。


今回は、そんな彼のバックパッカーデビュー戦を振り返ります。

本編はこちら。

by sgyksgyk | 2013-03-05 15:10 | カテゴライズ出来ない何か
2013年 01月 29日

ハセガワカズマサ、つまりは父親と合流。


えっ!?なになに?どいうこと?って思った皆さん、タイトル通りです。



ちょうど1週間前ですかね、


そうなんです!来たんです!親父が!!!



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うちの父親をご存知の方、またそうで無い方、

どちらにせよ、こちらの記事を読んで頂ければ、
我が父親のキャラクター、そして私と父の関係が何となく掴めると思います。

つづきです。

by sgyksgyk | 2013-01-29 13:07 | カテゴライズ出来ない何か
2012年 11月 16日

忘れ物キングの懺悔。

WAVE以降のUSAな記事の更新が滞ってますが、
今回は"鉄は熱いうちに打て"な記事です。


とうとうこのタイトルの記事を書く事になってしまいました。残念です・・・


そうです、忘れ物キングとは私、長谷川正吾のことでございます。


この旅で数々の忘れ物をしてまいりました。


トルコでの忘れ物以来、
次に忘れ物をした時にこのタイトルで記事にしようと硬く心に誓い、
それ以来、忘れ物はなかったのですが、
今現在滞在中のアメリカはカリフォルニア州ビショップにてやっちまいました。


ではでは忘れ物リストを一から上げて行きたいと思います。
指を差して笑ってやって下さい。。。

つづき。

by sgyksgyk | 2012-11-16 11:25 | カテゴライズ出来ない何か
2012年 11月 06日

初めてのベスト10。

皆さんのこのボタンへのクリックのおかげで、


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日本時間で11月5日に日付が変わったタイミングで、
初めて世界一周ブログランキングで10位になりました。


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下がるよりは上がる方がいいので、素直に喜んでおきます。
そしてクリックしてくれている皆さん、どうもありがとうございます。

それを記念してというか、まぁ、なかなかいいタイミングだと思うので、
このブログとそのランキングについての僕らのなりの付き合い方というか、
モチベーションというか、そういったものを綴ってみたいと思います。

大変長くなったので、興味の無い方は読み飛ばして下さい。

つづき。

by sgyksgyk | 2012-11-06 05:18 | カテゴライズ出来ない何か
2012年 08月 02日

阿弗利加大自然満喫行脚

一ヶ月で文字通り駆け抜けたアフリカ



きつきつな行程でしたが、特にこれといった大きなトラブルは無く、
目的とした所は全て回る事ができました。



テーマは"大自然"。

凄かったです。マジで。


詳しくは順々に書いていこうと思ってますが、先ずはダイジェストな写真で。

写真はこちら

by sgyksgyk | 2012-08-02 20:44 | カテゴライズ出来ない何か
2012年 01月 01日

謹賀新年2012。

あけましておめでとうございます。


本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。



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by sgyksgyk | 2012-01-01 11:34 | カテゴライズ出来ない何か
2011年 05月 31日

引き継ぎ完了!!

なんだかんだドタバタ慌しく、家とそしてチロの引き継ぎが終わりました。


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5年間過ごした家。
いろんな想い出といろんなものが詰まっていた。

これから家なしの生活です。

まずは、横須賀へ。


首都高速より 〜 yk 〜

by sgyksgyk | 2011-05-31 18:20 | カテゴライズ出来ない何か
2011年 05月 29日

送別会@ふじわら

昨夜は、旦那さまの学生時代のサッカー仲間、もといバカ吞み仲間が、はるばると集って来てくれました。
そして、バカ吞みですわ。
みなさま、ありがとうございました。
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そこまでは、旦那さまと別行動。久しぶりの上京。
百名山制覇まじかの叔母さま叔父さまと会う〜iPad購入〜3人の子ども+旦那さまと仲良く過ごす友人宅に宿泊〜今考えると不思議な出会いの友人と会う・・・
宇都宮、シェルターのぞく・・・



充実した時間を過ごしました。
良いフィーリングを得た気がする。
勝手にですが、
みんなにきちんと挨拶する事で心強くなります。
無事に行って帰ってこれると思える。

感謝感謝です。


*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・* yk

by sgyksgyk | 2011-05-29 16:54 | カテゴライズ出来ない何か